“愛されなかった子ども”が、大人になってしたこと

それでも生きる

愛されずに育った子どもは、大人になったときどう生きるのか。過去を消せないまま、それでも生き方を選んでいく──そんな僕の話です。

「愛されなかった子ども」だと思っていた

僕は長い間、「愛されなかった子ども」だと思って生きてきました。母親は気分屋で、感情のままに怒鳴り、暴力をふるうこともありました。父親は寡黙で、いつも不機嫌そうな顔をしていて、言葉より先に手が出る人でした。

両親のどちらにも素直に甘えることができず、自分の気持ちを出せば怒られ、黙っていれば「勉強しなさい」と口うるさく言われる。笑うことは減り、ふざけることはほとんどなくなっていました。

親の過敏な反応を避けるために

「どうすれば親の過敏な反応を小さくできるか」「どんな自分なら怒られないのか」。そんなことばかり考えていた子ども時代でした。

家を出て大人になったとき、まず感じたのは“自由”でした。誰にも怒鳴られず、気を使わなくてもいい。それだけで、やっと呼吸ができるような感覚がありました。

けれどその空間に身を置いて初めて、心の奥にずっとあった“空白”に気づきました。人を信じる、素直に甘える、頼る――周りの人が自然にやっていることが、僕にはとても難しかったのです。

人の優しさを受け取れなかった

相手の言葉を疑い、思いやりを“下心”のように感じてしまう。人の優しさを受け取ることができず、心の壁を築いていました。

その壁は、つながりを拒むものであると同時に、自分を守る手段でもありました。

壁の中で始めた「育て直し」

年月が経つうちに、その壁の中で自分を少しずつ育て直していく感覚が芽生えてきました。親から刷り込まれた偏見や自己否定を、少しずつ、他者や自分に優しくできる思考へと変えていこうと努力しました。

「EQ」「癒し」「人間の本質」を学ぶようになった

静かな場所で心と向き合い、本を読むなかで、「癒し」や「人間の本質」に興味を持つようになりました。

それは知識を得るためというより、自分の感情を癒すための探求でした。「救われたかった」――その一心だったのだと思います。

自分を抱きしめるということ

「愛されなかった過去」は、確かに僕の中にあります。でも、それだけで人生を終わらせたくない。

過去を責めるのではなく、「それでも生きてきた」と、自分を抱きしめてあげたい。小さかった頃の僕は、泣きたかったし、助けてほしかった。それができなかったぶん、今の僕がこう言いたい。「よく頑張ったね」って。

僕は今、自分を受け入れながら、他人にも優しくなれるよう努力しています。無理をせず、我慢せず、でも誠実に。子ども時代に得られなかった“自分らしさ”を、自分の手でつくっていく日々です。

伝えたいこと

「愛されなかった」と感じているあなたへ。それをなかったことにしなくていい。

どれだけ寂しかったか、その思いに誰かが寄り添ってくれるだけで、心は少しずつ軽くなります。僕も、今もなお心の奥の影と向き合いながら、生きています。

追記

あなたが間違っていたわけじゃありません。その環境に耐えてきたこと。それだけで、十分にすごいことです。

少しずつでも、自分を大切にしてあげてください。あなたの中にある“自分らしさ”は、今からでも育てていけます。

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