「家に帰るのが怖い」「親の顔色を伺うのが当たり前」──そんな子ども時代を過ごした僕が、大人になった今、あの頃の記憶を言葉にしようと決めました。これは、自分を取り戻すための記録であり、誰かの心にそっと触れるためのメッセージでもあります。
「普通の家庭」がわからなかった
「うちの家、ちょっと変かもな」と思ったのは、小学生の頃。
でも当時は、それが“普通”だと思っていたし、「変わってる」と口に出す勇気もなかった。
家に帰っても、ご飯が用意されていない日があり、「今日は食べ物がない日か。。。」と台所をあさる。
そんなことが当たり前だった。
母の気分次第で世界が変わる
母はその日の気分次第で、優しかったり怒鳴ったりする人だった。
笑顔で話しかけた数分後には、怒声と共に物が飛ぶ──そんない日々。
「どうしたら怒られずに済むか」「親の期待に応えられるか」
そんなことばかり考えて、自分の気持ちをどんどん奥にしまっていった。
「死ぬのは嫌じゃない、でも痛いのは嫌だった」
中学生のとき、母から「あんたを殺して、私も死ぬ!」と包丁を向けられたことがある。
感情の爆発は、些細なきっかけからだった。
不思議と冷静だった僕は、逃げ道を探し、時間を稼ぎ、説得しようとした。
「死ぬのは別にいいけど、痛いのは嫌だな……」と考えながら。
幸い、その場はおさまり、何事もなかったかのように日常は続いた。
でも、心に刻まれた記憶は、今でも薄れない。
父にも、誰にも言えなかった
父は寡黙で、家では常に不機嫌。
何かあると、無言で手が出るタイプだった。
一人っ子で核家族。味方がいない家。
安心できる人が、家の中に誰ひとりいなかった。
外の世界も、決して安全ではなかった
学校でも孤立していた。
いじめられても、助けてくれる人はいなかった。
だからこそ、アニメや映画の世界に救われた。
そこには、優しさや安心があった。
そして、お盆と正月。年に2回の「いとこ」との時間。
その時だけは、外面のいい両親は態度がゆるかった。
「そのままでいていい」と伝えたい
今、僕は大人になり、公務員として働いている。
家庭を出て、自分の生活を築き、ようやく「息ができる場所」にたどり着いた。
でも、あの頃の傷は、今も心と身体のどこかに残っている。
だから僕は、今苦しんでいる子どもたちに伝えたい。
「あなたは、悪くない」
「あなたは、そのままでいていい」
追記
「安心できない家庭」で育った経験は、簡単に忘れられるものじゃない。
でも、それを語ることで、少しずつ心は自由になっていく。
同じような過去を持つ誰かが、「自分だけじゃない」と思えるきっかけになれば。
その願いを込めて、僕はこれからも書き続けます。

